6月1日に、今年も地域の高齢者宅を訪問させていただきました。

6年生を16班に分け、住んでいる地区の高齢者宅を訪問させていただくにあたり、宮原地区民生児童委員、宮原地区自治会長さんにご協力いただき、各班に1人同行していただきました。

まずは、訪問前に、同行者で小学校の教室をお借りし、事前打ち合わせ。今年も、関西大学人間健康学部の所教授をはじめゼミ生4名も参加していただきました。
今年は、訪問後、同行者同士でのふり返り会の司会進行をゼミ生が担当してくれる事に。ゼミ生は、事前にどのようにふり返り会を進めていくか、何度も話し合いを持ってくれました。

子ども達は、事前に高齢者に聞きたい質問事項を考え、質問の仕方などを事前に練習してきました。

同行者の事前打ち合わせの後、子ども達、同行者が体育館へ集合。
同行者と子ども達は、5月14日に「ペタンク交流会」をしており、顔見知りの為、次々と子ども達から同行者へあいさつをしてくれていました。

体育館にて合同オリエンテーション。
子ども達・同行者に向けて、校長先生の挨拶のあと、関西大学所教授、ゼミ生の自己紹介。
その後、社協ワーカーより、高齢者訪問の「めあて」について、少し説明させていただきました。
今後、少子高齢化が進み、地域住民みんなで、地域を支えていく時代が来ており、その為に、子どもの時から地域と関わることで、ふるさとへの愛着を抱き、それぞれに出来ることを小さい頃から意識する事で、地域がつながっていく事をお話させていただきました。

いよいよ出発。徒歩にて、それぞれの高齢者宅へ。

訪問を心待ちにしてくれていた高齢者。まずは、あいさつをし、その後、用意していた質問を、それぞれ分担して質問をしました。

質問の一部を紹介します。
・健康のために心がけていることがあれば教えてくださいのとの質問に対して、梅のエキスを作って毎日食べている。

・気をつけて取るようにしている食べ物や、食事に対する考えはありますかの質問に対して、好きなものを食べている。昔、お酒を飲み過ぎて胃を切ったので、お酒は控えてる。

・生きがいや趣味、好きなことはありますかとの質問に、魚釣りが生きがいやと。昔1日で、97匹釣った事があり、写真を見せてもらう事に。子ども達は、写真をみながら「すごい」「どんなにして持って帰ったんですか」と次々に質問。リュックサックに魚入れて持って帰ったと。次に同じ場所に魚釣りにいくと1匹も連れず、そこにいてる魚全部釣ってしまったわと高齢者の方が言うと、みんな大笑い。少し緊張気味だった子ども達、緊張がほぐれた瞬間でした。

・10代、20代、30~40代でやっておけばよかったと思うことはありますかとの質問に、観光バスの運転手をやりたかったと。

・7・18水害を経験されましたか (経験者なら)その時のことを教えてくださいとの質問に、水害時に住んでいる家の屋根の上に53人避難して、一夜を過ごしたと。お腹がすいていたところ、鶏が流れてきて、水炊きにしてみんなで食べた話など、子ども達にとっては、初めて聞く話ばかりで驚いていました。

・一番大変な家事は何ですかとの質問に、みかん農家の為、みかんのコンテナ等を運ぶのが大変との事。

・何かお手伝い出来る事ありますかとの質問で、近くに畑があり摘果作業を手伝ってもらえたらとの話になり、次回訪問時(8日)に、摘果のお手伝いをすることに。

訪問後、子ども達は体育館にて、訪問のふり返りを。各高齢者宅で色々な話を聞かせてもらい、自分達の知らない事を沢山聞けたようです。
次回8日の訪問では、掃除のお手伝い、びわの剪定、みかんの摘果、高齢者宅でのレクリェーションなど、班ごとで活動はさまざま。

同行者のふり返り会では、当初30分の予定が、1時間も意見交換を行いました。
関大生より、同行者を4つのグループに分け、グループ内で以下の3点についてふり返りを行いました。
①子ども達の高齢者への理解、地域のつながりづくりといった点で、今日の訪問で良かったこと
 顔見知りが増え、つながりづくり、接点がもてた。学校では聞く事の出来ない話(災害など)を聞く事が出来たなど
②改善すべきだと感じた点は
 質問が固い表現のまま読んでいた。質問しっぱなしで、話を広げられなかった。訪問時間が短く、全ての質問が出来なかったなど
③民生児童委員、自治会役員として今回の訪問で意識した事
 話題が途切れた時につないだり、質問しやすいような雰囲気作りに努めたなど
 沢山の意見をいただきました。次回、8日の訪問までに、改善出来る部分は、学校と協議しながら改善を行っていきます。

最後に、同行してくれた民生委員さんから、去年一緒に同行訪問した子ども達、今でも地域で会った時に、「あいさつ」してくれて嬉しいですとのお話を聞かせていただきました。少しづつですが、高齢者訪問をきっかけにつながり作りが出来ている事を実感した社協ワーカーでした。